高田聖子

高田聖子 コメント

『オセロ』では以前、エミリア役をやったことがあるんです。その白井晃さん演出版(2013年)は二重構造になっていて、『オセロ』を稽古中の劇場というもうひとつの世界観が重なっていたので、つまりオセロは主演俳優であり、デズデモーナはヒロインを演じる俳優、イアーゴーは演出家で、エミリアは演出助手だったんです。だから物語上での嫉妬と、スター俳優と演出家がお互い相容れないところがシンクロしたりしていて面白かったんですよ。今回の『ミナト町純情オセロ』のほうは、相手を陥れようとする憎悪というよりは、純粋な愛の話のような感じがします。すべての出来事が、愛ゆえに起こる、みたいな。それぞれの登場人物はみんな、誰かを強く愛しているのだけれど、それがいちいちうまくいかない。だから、タイトルに“純情”がついているんだなとも思いました。きっと、脚本の青木豪さんが実らない愛とか恋がお好きなんじゃないかとも思いますが(笑)。
私が演じるアイ子は、イアーゴー的な役まわりをする部分もあることはあるのですが。でもイアーゴーを女性が演じるというよりは、イアーゴーを亡くしたエミリアなのかもしれないとも思うんですよね。死んじゃった組長の夫は、ハーフの美しい青年に歪んだ愛情を持っていたのかもしれないと疑ったのかもしれないですし。だから、誰かの“好き”を追っかけていくうちにすべてが掛け違っていった結果の悲劇なのかもしれない、とも思うんです。
“純情”とついているのは、オセロとデズデモーナの関係に限らず、周囲の人間たちの“純情”も色濃いと思います。だって登場人物はみんな、純粋ですから。ヤクザもの、はぐれものならではの生きづらさを抱えつつも、一途に何かにすがって、何かを信じて生きていくしかない。巧みに生き抜くことができず、不器用がゆえにがんばっちゃうみたいなところもあるような気がしますしね。特に今回は、登場人物全員物語が濃い。小さい世界の話だから、みんな関係性が重なり合っている。それも深く、しかも浅はかに。
それにしても、アイ子はオセロにどれだけの恨みがあったんでしょうか。オリジナルの『オセロー』でも、イアーゴーはどうしてそこまでするの?と思いますから。そういう意味ではアイ子にはそこまでする理由は、いくつかは考えられる。自分の夫を守ってくれていたと思ったのに見殺しにした、とか。夫は彼をすごく贔屓にしていたけれど、もしかしたら別の意味でも好んでいたのかも、あの美しいハーフの男を、とか。そこで既に差別意識も持っていそうだし、それでもあの人が大事にしていたのなら、彼を立ててあげようかと思っていたら、別の女と一緒になって組を辞めてカタギになりたいだと? そんなことは許せない!ということですよ(笑)。まあでも、少々ヤケクソにも見えますけれども。
今回の脚本の流れで見れば、若々しくて美しいオセロを三宅健さんでというのはとてもしっくり来ます。初演の橋本じゅんさんが演じたのは不器用なおじさんオセロでしたが、今回はもちろんたくさんの不幸は背負っていながらも、未来にまだまだ希望を抱いている。同じオセロですが立ち位置も、見ているものも、失うものも違います。じゅんさんの場合は最後の恋、最後のひと花みたいなところもあったけど、三宅さんのオセロは夢いっぱいじゃないですか。そう考えると、そういう未来がある人を羨んだり妬んだりするのもわからないでもない。こっちは未来が少ないですから(笑)。今回は、その初めましての未来あるゲストの方々と、未来の少なくなってきた我々とが相まみえてどんなハーモニーが生まれますか、どうか。羨んだだけで終わるなんてことにならないようにがんばらないと、と決意を固めているところです。原作はシェイクスピアではありますが、あまり難しくは考えず、ぜひとも純情、愛の話だと思って観に来ていただきたいですね。

エピソード:これは悲劇だ!

当時大ヒットしていた映画『フラッシュダンス』のジェニファー・ビールスに憧れていた私。ジェニファーと同じヘアスタイルにしたくなり初めてパーマをかけたんですが、まるで、つのだ☆ひろかサイババか、くらいものすごいことになっていました。10代の乙女にとって、生きるか死ぬか!ハムレット並みの悲劇でした。